後援会活動を進める中で、多くの方から「なぜ、政治を目指そうと思ったのか?」と聞かれることが多く、何回かに分けてここに書くことにします。今回は、私が掲げている4つの目標の1番目、「安全」についてです。
久留米市は「水と緑の人間都市」を基本理念とした、筑後川と多くの自然に囲まれた緑豊かな街ですが、ここ数年は「大雨と水害」で全国に認知される街となっています。
2018年7月6日。当時、高速久留米インターそばの東合川町に住んでいた両親から電話がありました。「家の前の道路が冠水してきているが、雨が止む気配もない。心配だからあなたの家に避難したい。」とのこと。この日、前日からの大雨で、新幹線が運休となり広島出張がなくなってしまった私は、急ぎ車で両親と祖母の住む東合川へ向かいました。途中、タイヤの半分くらいまで水が来ているエリアもあり、慎重に運転していたつもりでしたが、両親の家の手前30メートルくらいのところで急に水位が上がり(道が下り坂になっていた為)、車が浸水により停止。エンジンがかからなくなってしまいました。まさに、ミイラ取りがミイラになったわけです。
両親の家は2階建て賃貸物件の1階部分。私が到着した時には、玄関の10cm下あたりまで水が迫っており、家の前の道路は20cm位冠水している状況でした。雨は相変わらず激しく降り続け、玄関まで水が来るのも時間の問題。
両親に車での避難が出来なくなった旨を説明し、隣のお宅に避難させてもらう事にしました。(お隣さんは盛り土の上に建っているので浸水の恐れはない)90代の祖母をおぶって、両親と手をつなぎ、大雨の中ひざ下まで冠水している道を隣の家まで歩くのは、かなりの恐怖でした。
結果、実家は床上浸水。家財道具も泥水につかり、両親は引っ越しを余儀なくされました。
水にぬれた家財道具は重く、高齢の両親では手も足も出ない状況でした。私と妻、福岡市内に住む妹で片付けを行う段取りを決めていたところ、小学校のおやじの会「南薫イクメン隊」のメンバーがボランティアでやって来て、片付けを手伝ってくれただけでなく、水にぬれた粗大ごみを軽トラでクリーンセンターまで運んでくれました。おかげで両親は7月中に元の水準まで生活を戻すことが出来ました。本当に助かりましたが、そういうコミュニティに参加していない1人暮らしの方、特に高齢者の方があと片付けだけでなく、元の生活を取り戻すための数々の作業(家具の買替や床や壁の補修工事)や、保険金の申請に必要な罹災証明等の手続き等の事務処理を進めていくのは困難ではないかと感じました。
自然災害の発生を抑えて、安心して暮らせる、安全な久留米市にするための取り組みの重要性について、自分自身が被災したからこそ身に染みて感じています。「安全」は何よりも最優先されるべきものであると考えています。安心安全の久留米市を作る上で、実際に災害に直面した、自分の経験を生かしたいと考えたのが政治を目指すきっかけの1つです。
